生誕百年・映画監督 中川信夫の世界
          
       『腕は売っても 心は売らん』        

                        鈴木 健介

生誕百年、中川信夫監督の十二作品が10月19日から27日まで第六回東京
フィルメックスで特集上映されます。


自己中心の欲望に翻弄される人間の業の深さ、愚かさを描いた代表作「東海道
四谷怪談」(1959)「地獄」(1960)などによって中川監督は怪談怪奇映画の
監督として知られるようになりました。

しかし、怪談怪奇映画は中川監督の全九十七作品のうち八作品しかありません。
何が中川信夫の作品に貫かれているのかと考えたとき、私は中川監督の詩集
『業』の中の一篇「職人」を思い出します。


   職人だよ
   腕だよ
   ヘン
   ばかにするねえ
   朝から 酒だ


酒と豆腐が好物だった中川監督、酒は仕事への活力でした。
天衣無縫な映像表現。こつこつと仕事をしながら磨き上げてきた表現の職人
技です。

しかし、「腕は売っても、心は売らん」と、生前よく言われていました。
「腕」とは「表現の方法」、「心」とは「ものの考え方、生き方」、このバラ
ンスの中で、貫いていたのが弱者からの視点です。この視点、「心」こそが中
川信夫の世界と言えます。


先の戦争中の一九四二年、中国で鉄道建設の記録映画(未完)を監督していま
した。そのときの様子を、戦争が終って帰国直後の一九四七年に、詩「移動苦
力群」に書いています。


    眼下の村道を
    一とちぎれのボロのように
    糸くずのように
    苦力の一群は
    次の仕事地へ向かって移動する

と、苦力(クーリー=中国の労働者)たちの姿を見つめ、そして

    スイッチをいれると
    カメラは
    非常の音を立てて回転する
    われわれのフィルムは
    彼等の一年にわたる
    労働力を凝視してきた


撮影する側の非情さの自覚と、同じ人間としての苦力たちへの想いが人間中川
信夫の中でぶつかりあった時間だったと思います。

そして、人間への思いやりをこの詩に焼きこんだのでしょう。

この戦争中に体験した「仕事の非情さ」と「人間への温かいまなざし」が「腕
は売っても、心は売らん」という精神を高め、貫き通させたのだと私は考えます。



今回、東京フィルメックスで上映される「東海道四谷怪談」、「地獄」は「人
間への温かいまなざし」があるからこそ、見世物的な怪談恐怖映画には終って
いないということです。政治も、経済も、文化さえも腐敗し、混乱している今
日の時代を、まさに象徴し風刺している作品と言えます。


「「粘土のお面」より かあちゃん」(1961)は、東京下町の貧乏長屋でたく
ましく生きる職人一家が登場します。「弱者」に厳しくなっている今の社会状
況と重なってしまい、生きる希望が奪われないようにと、彼らに声援を送りた
くなる作品です。


中川信夫監督が幅広いジャンルで見せてくれる作品の世界から、共通して伝わ
ってくるものは「人間が失ってはいけないもの。売ってはいけない心」、それ
こそが、人間の生きている証だということではないでしょうか。同じ道を歩む
一人として、私は受けついで行きたいと思います。


                   

                       2005年11月16日「しんぶん赤旗」に掲載

kensuke suzuki